【かけがえのない相棒】
平3年式のカローラは、バブルの申し子と言われ、カローラ史上最も贅沢と言われた物だった。
そんなカローラを祖父はオーディオも集中ドアロックもパワーウィンドウすらも付けず、MTで乗っていた。
9年前、免許を取り立てだった自分は嬉しくて仕方がなくて腕試しも兼ねて黙ってそのカローラを借りた。
当時の彼女の家まで片道約2km。
免許取り立ての身には充分な冒険だった。
めちゃくちゃ緊張しながらも、そつなく初の短いドライブを終え充実感に浸った。
その後、母や父の車等を借りながら学生時代を過ごし、Uターン就職をして実家に戻った。
その2年前、カローラを使っていた祖父は他界し、形見としてカローラは走行距離わずか1万km程度で残されていた。貯金もなかった私は、そのカローラをありがたく使わせてもらうことにした。
しばらく車の運転からも遠ざかり、感覚が鈍っていた私にとってはMTというミッションといい、サイズといい、既に傷だらけのボディといい、練習を兼ねた車としてはまさにうってつけだった。
最初は車検までの1年半だけ使わせてもらい、車検のタイミングと共に新しい車に買い換えようと思っていた。が、思うように貯金がたまらなかったこと、思いの外愛着がわいてきたことなどからもう2年車検を通して乗ることとした。
一人暮らしの家から荷物を満載して実家まで戻ってきたこと。
就職し、遠距離恋愛となった彼女との最後の旅行、そして別れを告げたこと。
ルームミラーに映った泣き崩れる彼女の姿を見ながら、ただ立ち去ることしかできなかったこと。
自分自身も号泣しながら運転したこと。
そして新しい彼女への告白、初めてのキス。それから数々のデート。
少しでもスポーティにと初ボーナスで買ったアルミホイール。
同じくボーナスで買ったカーオーディオ。
20台程度の玉突き事故のど真ん中からの奇跡的な無傷の生還。
祖父の霊に助けられたとしか思えないような数々の”紙一重”の出来事。
友人達とのキャンプ。
彼女との結婚式場回り。親戚回り。
こいつと一緒にいろいろな思い出を作ってきた。
素の自分をいっぱいさらけ出してきた。
本格的に乗るようになってからわずか3年半だったけど、とても濃い時間を一緒に過ごしてきた。
間もなくうちにも子供が産まれる。
走行距離は短いものの、いたる所にへたりが見られるようになってきた。
買い換えを決意したのはアテンザのMT発売の情報を聞いたとき。
もう一度車検を通すか否かで心は揺れていたがこの情報で買い換えの方向に気持ちは一気に傾いた。
カローラのおかげでたまった貯金でアテンザは買えそうだった。
子供が産まれても充分の広さの室内空間がアテンザにはある。
車は乗り潰す派の私にとって、10年後でもアテンザなら不満に思うことはなさそうだ。
今までは皆無だった快適装備(集中ドアロック、パワーウィンドウなど)も、当然ながら全てついている。
何より走ることが楽しい車だ。何一つ不満はなかった。
これからのアテンザとのカーライフに希望ばかりを持っていた。
そしてついに車検切れの日が迫ってきた。
自分の誕生日とカローラの車検切れの日が同じというのは何かの因縁だろう。
最後に2泊3日の旅行に妻と一緒に行くことにした。
急に寒くなった日本列島。
紅葉を見に行くはずの旅行が、カローラに最初で最後の雪を体験させる旅行となった。
走行距離600km以上の今回の旅行で、カローラは一度もガソリンをくれとせがむことはなかった。
聞き分けがよく、とっても素直な相棒は、旅行から帰ってきた日の夜、アテンザを買うディーラーの営業マンに引き取られていった。友人からもらって付けた後ろのスピーカーで、暗闇に浮かび上がる”KENWOOD”の文字がすごく寂しげに見えた。
他人に運転をされて去っていくカローラ。
もう2度と会えないと思うと、急に寂しさがこみ上げてきた。
手元に残ったのは納車までの間の代車:デミオ。
新車がすぐに手元に来ないという状況が、余計に寂しさを煽る。
何より一番つらかったのは妻の態度。
所用でカローラが引き取られていく場には立ち会えなかったが、帰ってきてからカローラの話をしていると、急に泣き出す。「長い付き合いだったんだもん。いろんな思い出があるんだもん。」と。
そうだ。こいつとの付き合い→結婚という流れの中で、カローラはいつもそばにいた。
涙を流すほどに愛着を感じてくれていたのか。嬉しいと共に、今となってはつらかった。
「カローラを捨てた!」となじられたことも、かなりショックだった。
失って初めて気付くことがある。
アテンザへの期待で心は小躍りしていた自分だったが、駐車場を見ても、今まで当たり前だったカローラの姿がもうない。非力ながら6000rpmまで頑張って回ってくれていたあのエンジンをもう回せない。
ボディサイズの見切りが抜群によく、どんなに狭い道でも自分の手足のように言うことを聞いてくれていたあいつが、もういない。
最後に一緒に旅行に行けて良かったよ。
自分にとって初めて所有した車であり、MTの操作を教えてくれたかけがえのない相棒だった。
荒い使い方をして、時には八つ当たりをしてごめんな。
11年間お疲れさま。
3年半、俺と付き合ってくれてありがとう。
いつも俺を優しく包み込んでくれてありがとう。
今は感謝の念でいっぱいです。
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